フォトギャラリー2009

サンキュウパーティー

2009年12月13日に松下IMPビル5F会場で、一年間のプログラムに「お疲れさん会」とコーチ・ボランティア・ファミリーそしてアスリートに感謝することも併せてサンキュウパーティーが行われました。また、一同に会するのが、「総会」とこの「サンキューパーティー」だけです。
アスリートのみんな、そしてファミリー・コーチ・ボランティアと会場が一杯なるほど多くのみんなが参加してくれました。
アスリート委員会の総合司会から、各地区各プログラムの活動報告とアスリートの紹介がありました。
現在展開しているプログラムは、
北河内プログラム:バスケットボール・陸上競技・バドミントン・卓球競技
         フロアホッケー・ボウリング
中河内 プログラム:陸上・フロアホッケー・ボウリング
工 大プログラム:卓球
大阪市内:ボウリング
北 摂:水泳
この他にも、夏プログラムは水泳競技 と水泳競技会
      夏合宿:マキノ高原 のレクレーション合宿(一泊二日)
          舞洲でのスポーツ合宿(二泊三日)
      冬合宿:岐阜県 郡上高原行われる(二泊三日) 等行われています。
      アイススケートのプログラムも展開しています。

今回の サンキューパーティーもファミリーによる「クリスマス曲の演奏と歌」を披露してくれました。どこで練習したのでしょうか?とても上手に演奏してくれました。楽しかったです。
アスリートによる、「演奏」も行われました。今回はアスリートの豊田瑛一さん親子による「ヘルマンハープ演奏」でした。聞きなれい楽器ですが、ドイツのヘルマンさんが楽譜の読めない人も楽しめるハープを作られたそうです。そのハープを演奏していただき心に沁みる演奏に会場は、聞き入ってました。
また安井さんのハーモニカ演奏そして瀧井さんの熱唱は大いに盛り上がりました。
最後は、吉村パパFと糸瀬ママFがサンタに扮して、参加した皆さんにプレゼントを配っていただきました。
あっと言う間の時間でしたが、事前準備から当日までの運営に心より感謝して無事にサンキューパーティーを終えることができました。
ありがとうございます。
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大阪YMCA第15回チャリティーラン2009

大阪YMCA第15回チャリティーラン2009 が11月23日(祝・月)に大阪城公園にて行われました。
参加したアスリート18名コーチ・ボランティア12名総勢30名が参加しました。
今回も順位制と宣告制の2チームで参加しました。順位制の成績は19位。そして宣言制は27位(10数分オーバー)と大阪城を見ながら黄色く色づいた銀杏並木を走るアスリート達。北外壕を回る10kmをたすきをつなぎながらアスリートは精一杯の力を出して走りぬけて行きました。
中には2009年スペシャルオリンピックス日本・大阪夏季地区大会に参加し疲れた 体であったにも関わらず、走る距離を縮めてでも走る意欲を示してくれたアスリート。
また汗を一杯かきながら、久しぶりに走ってくれたボランティアさん。みんなの思いをたすきに込めてつなぎあったチャリティーランでした。
また、この大会に毎回物資両面の支援を頂きました「西ワイズメン」の方々には心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
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2009年 マキノ夏季合宿

 2009年8月1日(土)〜2日(日)の一泊二日
 今年も恒例の夏季合宿がマキノ高原で行われました。今回の合宿参加者はアスリート50名ボランティア47名と例年多くのアスリートの申し込みがあり、人気の高い合宿です。
アスリートの一番のお楽しみは、「魚つかみ」今回はあいにくの雨でプログラムの変更が行われましたが、アスリート合宿実行委員会を中心に夜レクが行われました。
各部屋のアスリートとボランティアの自己紹介が行われ、その後みんなで「アブラハム」を歌い踊りました。また飛び込みでピアノの発表があり楽しい夜は更けていきました。

2日目
雨はまだ降っています。
「焼き板に」挑戦しました。3種類の形から選び、一生懸命磨き完成したときのアスリートの笑顔が嬉しかったです。
アスリートの願いが天に届いたか雨が止み、楽しみにしている「魚つかみ」が始まりました。アスリート達の喜びの声が山々に響き渡りました。
「あっ」という間の楽しかった合宿もアスリートのそれぞれの心に残った合宿でした。
今回の合宿は、民宿「白鳥」さん、そして「まつや」さんと分宿して行われましたが、両民宿のスタッフの皆様には、温かく迎えられ気持ちよく合宿が、無事終えることが出来ました。ありがとうございました。

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白鳥での昼食 白鳥での昼食 白鳥での昼食

2009年7月26日水泳記録会

 09年度の水泳プログラムが6月21日から行われました。
 今年も昨年同様に寝屋川市立北小学校と枚方市立牧野小学校のご厚意でプールをお借りすることが出来ました。水泳プログラムに参加するアスリートの人数も年々増え、今回も泳力別に分かれて、実施しました。
 記録会は7月26日(日)寝屋川市立北小学校のプールで前半と後半に分かれて行われました。
 あいにくの空模様を気にしながら・・・・・・・と、突然の豪雨。
 一旦は中止?とまで考えましたが、アスリートの熱き思いが届いたか、雨も上がりいよいよ記録会の始まりです。
 競技毎にディビジョニング(競技能力別に分ける)を行い記録会が行われました。
 スペシャルオリンピックスでは、記録会や競技会をもっとも大切にしている一つです。記録会や競技会では、コーチやボランティアの力を借りずに、日頃のトレーニングの成果をアスリート達は、ファミリーの前やコーチの前で、自分の持っている力を精一杯発揮し自信をつけ、そして新たな目標に向かって歩む事を大切にしています。
 今回も全体で参加したアスリートの人数は74人でした。
 今年も無事に水泳プログラムを終える事が出来ました。プール使用に当たり関係各位様にはとても感謝しております。ありがとうございました。

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2009年度 定期総会開催

4月19日(日)大阪府立寝屋川支援学校をお借りして、09年度の総会が行われました。
総会時の会員は680名であり、規約上の定足数は、136名でした。当日は委任状を含めて、420名の参加があり、総会が成立しました。
議長選出後に議案書に従い08年度の活動報告・決算報告が行われそれぞれが承認されました。また、09年度の活動計画案・予算案と提案されすべて承認されました。
来る2010年第5回スペシャルオリンピックス夏季ナショナルゲーム・大阪大会の開催概要説明も行われました。

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お楽しみランチタイムの時間
総会後に行われる恒例「ランチタイム」です。
このランチタイムには株式会社「マルシェ」さんのご好意により「焼き鳥」「フライドポテト」「フランクフルト」「アイスシャーベット」等沢山、ご用意していただきました。
ファミリー・アスリート・ボランティア共々美味しくそして楽しい時間を過ごすことができました。

アスリートレクリエーションとファミリー委員会
アスリート委員会主催の「アスリートレクリエーション」が行われる一方で「ファミリー委員会」が行われました。
アスリートレクリエーションには、アスリートレクリエーション実行委員会(13名)を中心に、「フロアホッケーのシュート」「カローリング」「ペットボトルボウリング」「バスケットボールフリースロー」「ストラックアウト」の5種目を支援学校の体育館で行われました。
アスリート実行委員会は、多くのアスリートに呼びかけて行われました。スポーツプログラム終了後に、実行委員会を開き、今年の総会後のレクリエーションについて、会議を重ねていきました。
アスリートの人たちはそれぞれ5つにわかれて、競技種目の掲示物を作製したり、ルールを決めたりしていきました。当日はアスリート70数名の参加と多くのボランティアの方々の参加でアスリートレクリエーションは盛り上がりました。

その一方で「ファミリー委員会」が開催されました。
ファミリー委員会では、活発な意見交流が行われ、それぞれのプログラム責任者を選出し、また専門部での一人一役を確認しました。
最後に、「2010年第5回スペシャルオリンピックス夏季ナショナルゲーム・大阪」においてファミリー委員会まとまって、活動していきましよう、と意思統一して会議は終了しました。

2009年3月15日コーチクリニック・バスケット実技

2009年3月15日(日)にSON徳島からバスケットボールのトレーナー田所健作氏をお招きしてコーチクリニック(実技のみ)を実施しました。
参加されたコーチ17名アスリート1名と充実した実技の研修を行うことができました。
スペシャルオリンピックの活動の中で、コーチは重要な役割を担っています。誰でもがコーチとして参加することができ、またアスリートにとって良いプログラムを提供できるように、スペシャルオリンピックスにはコーチ教育システムという研修の場があります。
目的は
1. プログラムを行うにあたり、全てのコーチがSO活動の目的や独自性、SOルールを正しく理解して、共通認識の下でアスリートのサポートができるようにする。
2. コーチが知的発達障害についての理解を深めることにより、アスリートの個性に対する考え方や具体的な対応方法を身につける。
3. コーチが該当競技種目への理解を深めることで、全ての参加アスリートに対して安全で楽しく、充実したプログラムを提供できるようにする。
4. ヘッドコーチやコーチが該当のSO競技ルールを確認し、種々のレベルの競技会にアスリートが参加する準備ができるようにする。

スペシャルオリンピックスのコーチクリニックは、コーチが資格を取ることのみを目的としているのではありません。
資格を目指し、獲得し、維持し、さらにレベルアップをしていくことによって、アスリートにとってより良いプログラムが提供されことを目指しています。
(スペシャルオリンピックス日本 コーチクリニックガイドラインより)

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2009年スケートプログラム活動紹介

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スペシャルオリンピックス冬季世界大会2009に参加して

 今回の世界大会に参加出来たことは本当に幸運で、私達親子にとって一生の宝物になるような貴重な経験をさせて頂きました。  昨年5月に世界大会の出場が決まってからの9ヶ月余りを、剛と私たち家族は背筋がぴんと伸びるような特別な気持ちで過ごしました。
剛の生活態度を改めて見直すとあれもこれも気になり、親として彼の躾を怠ってきたことや彼が手本としている私たちがいい加減な生活をしてきたことを後悔しました。
私は剛に口うるさく言うことが多くなりましたが、剛は以前だったらイライラしておこりだしていた様なことでも素直に聞いてくれていました。
休みの日には父親と近くの寝屋川公園を1時間近くランニングしたり、毎日肥満防止のためにしていた縄跳びを1600回から2000回に増やしたりと剛なりに世界大会に向けて努力していました。
だんだんと出発の日が近づき、皆さんに壮行会をしてもらったり、2度目3度目の合宿に参加する頃になると、彼の自覚も一段と強くなっていくようでした。その反面不安な様子でいる時や眠れない夜も多くなっていきました。
出発の前日、彼の通っているやわらぎ授産所で壮行会をしてもらったそうです。みんなの楽しい歌声と笑顔に不安も和らぎ勇気をもらったようでした。その夜、すべての準備を整えて寝る時、本当にほっとしたような顔をして「みんなええ人や~」と言うとそのまま布団に倒れ込み寝入ってしまいました。
翌2月2日は素晴らしい好天に恵まれ明るい笑顔で旅立って行くことが出来ました。
 その後、残された家族はパソコンにかじりつき、剛の姿を探し求めました。
ワイザーでホームステイをさせて頂くご夫妻と一緒に写った写真を見つけたときには「ちゃんと到着したんだ。」という安堵感とご夫妻の優しそうな笑顔が有り難くて思わず涙ぐんでしまいました。
 6日には私もアイダホに向かいました。
 7日ナンパという街にあるアイダホセンターで開会式が行われました。
我が子や家族の応援に世界中からたくさんの人が集まっていました。肌の色や言葉は違ってもファミリーの思いは皆同じで、すべての人たちが喜びで顔を輝かせ、幸せな気持ちを共有することが出来ました。
入場行進が始まりどうどうと入場してくる各国アスリートに続いて、一際鮮やかな深紅のユニフォームに身を包んだ日本チームの立派さ。その中に剛の姿を見つけた瞬間は目に焼き付いて離れません。
 8日いよいよ競技が始まりました。
競技場にもファミリー達の幸せな笑顔が溢れていました。
日本では自分の子どものことを人に自慢する様なことはあまりしませんが、ここではみんなが自慢の息子、娘、兄妹なのです。
誰にはばかることなく、我が子を誇れる心地よさを思う存分楽しみました。
日本チームに至っては本当はアスリートの顔さえちゃんと分からないのに、赤ん坊の時から知っているような気持ちになっていました。
 アルペンの競技は初級、中級、上級と初心者の4つに別れています。剛は初級で、スーパーG、ジャイアントスラローム、スラロームの3競技に出場しました。
初級ゲレンデの隣では目も眩むような急斜面を勢いよく滑り降りてくる上級の競技が行われていました。初級はゲレンデこそ緩やかではありますが、競技の白熱度は少しも引けを取りません。アスリート達の一生懸命な姿に応援にも熱が入り、国の違いは関係なく夢中で応援しました。
 中でもスペシャルオリンピックスの醍醐味を味わったのが、初心者の10メートルウォークという競技です。「滑ったら駄目なんだって。」「なんでわざわざスキーを履いてウォ―ク?」と突っ込みながらも競技が始まると楽しくて、夢中になってしまいました。パタパタと心地よい音を立ててあっという間にゴールするアスリートもいれば、10メートルがとても長く感じられるアスリートもいました。
同じコースでレースをしていてもアスリートの数だけゴールがあり、それぞれのゴールに向かって力の限り挑戦していくことがスペシャルオリンピックスなんだという事を実感しました。
みんなの頑張る力をコーチの皆さんがいつも明るく優しく支えて下さっていたことをとても感謝しています。
そして、たくさんのボランティアの皆さんが、あらゆる方面で私たちを支えて下さいました。
 競技最終日の13日、やっと剛もスラロームで銅メダルを取る事が出来ました。
それまでの2競技はどちらも4位で渋い顔をしていた剛でしたが、表彰台でメダルをもらった時、心の底から溢れ出たような笑顔を見せました。
メダルが取れなくても剛が頑張ったことには変わりありません。でも、以前なら表彰台に上がるだけで何位でも満足していた剛が、メダルが欲しい、メダルをもらってうれしい、と思えるようになってくれた、その事が私にはとてもうれしかったのです。
剛の輝く笑顔と共に我が家にとって大切な大切な銅メダルとなりました。
 今、世界大会が終わって1ヶ月半が過ぎました。
それでも心は暖かで幸せな思いで満たされています。
お世話になったすべての皆さんに心より感謝しております。本当に有り難うございました。
 剛がまだ小さかった時、いつも胸を張って息を一杯に吸い込んでいないと心がくじけてしまいそうな時がありました。それからスペシャルオリンピックスに出会い、今は剛のことを誇りに思っている自分がいます。家族みんなにとって剛は自慢の息子、自慢の弟、自慢の孫になっています。
世界大会に出場したから剛を誇りに思ったのではなく、スペシャルオリンピックスの日々の活動の中で、本当に大切なものは何かと言うことに気づかせてもらったのだと思います。
 これからも剛と一緒に勇気を持って色々なことに挑戦していきたいと思っております。
                 三宅 恵


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世界の仲間と楽しんできました!
2009スペシャルオリンピックス冬季世界大会・アイダホ(報告)
期間:2月3日〜15日(前4日間はホームステイ、大会中はホテル滞在)

 大会が行われたのは、アメリカ合衆国。(SOの母国ですね。)アイダホ州はカナダ国に隣接するロッキー山脈の内陸側でした。時差は−17時間(前の日です) 今回の日本選手団の構成は・・・私が担当したアルペンスキー競技では、アスリート(選手)が16名(男10名女6名)年齢構成は16才〜56才。
 同じく国内大会で参加したコーチの中から選考があり選ばれた5名のコーチ(男3名女2名)大学院生1、OL1、救急救命士1、支援学校教員2。計21名の大所帯でありました。大阪からは、三宅剛さんと私の2名で参加。(親子とよく間違われてました。)
 その他の種目と事務局スタッフ合わせて日本チーム全体で約90名の大選手団でした。
 大会前には、大阪で1回(夏季)、長野で年末年始2回(冬期)の合宿を経て、それぞれの交流とチームワーク作りを中心に、競技の練習も行い少しずつ本番に向けて気持ちを高めていきました。。。(合宿ではたくさんの方々に準備やサポートしていただき、本当に感謝します!また、年末の壮行会でも紹介していただきました。)
 2月3日、日本各地から選手団が集まり、東京の六本木のYahoo!!の本社をお借りして結団式、記者発表が行われました。そこでは、提供していただいた競技ユニホームやスポーツウェアーの発表もあり、理事長でもある有森裕子(元マラソン選手)を中心に大会概要や、選手紹介や決意表明等が行われました。そして成田空港近くで1泊して気持ちを一つにして出国。待ちに待った日がスタートしました。(出入国手続きが慣れないのでいろんなハプニング続出でした。特にアメリカへの入国は厳しかったです!!)
 空路8時間、サンフランシスコに着き、そこで国内線に乗り換えさらに3時間。気持ちを高ぶらせながらアイダホ州ボイジイに着きました。
 現地ではすごい歓迎ぶり。たくさんの国から参加の選手団ですごいことになっていました。  アメリカに着いてすぐに大会が始まるのではなく、ホームステイがあります。アメリカの文化や現地の時間に身体を慣れさせるために実施されました。
 ホームステイ先は、ボイジ市からフリーウェイで約1時間の所にあるワイザー(ウィーザー)市で、乗車したバスはあの黄色いスクールバス!日本のように乗り心地はいいとは・・・。夕方に到着、ホストファミリーとの対面式があり食事を一緒にとり、そこからはそれぞれの家庭に分かれすごしました。ファミリーとは英会話しなくてはならず、すごく不安でしたが、なんとかなるもので私のかたこと英語で何とか通じたようです。各お宅にアスリート3とコーチ1の4名ぐらいでお世話になりました。多くは農家で、私がお世話になったお宅も遥か向こうの方に見える?木まですべて畑で、玉ねぎや豆などを作っているそうです。ご夫婦だけで住まれていましたが、実は8人の子どもさんがいてそれぞれ独立され3,4人の子どもがいるそうです。みんな集まると約40人のファミリーです!(写真を見せてもらいました)
 日本とは食事習慣が少し違い、肉卵などはあまり食べないそうで、朝食も自家製のパンやプレーンワッフルにジャムやクリームなど付けてました。
 日中はハイスクールの学校訪問で教室を回って自己紹介したり、町の中を散策、スーパーで日本には無い物が売っていて興味津々でした。ハンバーガーショップでは、大きなバーガーに巨大カップのドリンクをお店のおごりでいただいたり、消防署に招待され、わざわざハシゴ車を出していただいたり、乗せてもらったり、地元の小中高生のダンスを鑑賞したりの大歓迎を受けました。羊牧場訪問して山々全体が放牧場であることにびっくり仰天でした。
 聖火(アテネで採火された)の分火トーチランのイベントにも参加しました。世界の警察官、消防官が引き継ぎを行って開会式会場へと運んでいきます。。。
 アメリカに着いて最初の5日間を話しきれない親切な人々と交流し、現地の文化に触れながら、日本との時差にも慣れていよいよ競技会となりました。
 開会式はすごく盛り上がり、こっても興奮するイベントでした。競技中の滞在ホテルは、ボイジ市の郊外。インド、クロアチア、ロシア、スペイン、スェーデンが一緒でした。部屋はすべてツインルーム。朝食のみホテルで。でも搾取パン以外のおかずは。味のないスクランブルエッグとはっきり言っておいしくないライス、コショウのきいたポテトだけ。私は毎日、スクランブルエッグとライスを混ぜて持参したMY醤油をかけて変な卵かけ風ご飯にしていました。(内緒で各種ラーメンやみそ汁、ふりかけ類を大量に持ち込んでみんなに分けたりしながら食は充実させていましたよ!!)
 競技会場のスキー場までは毎日約1時間半バスでの移動です。そのバスは、黄色いよく映画で見かける例のスクールバスです。(我々は、ねこバスと言ってました。) 2台連ねて運行です。朝まだ暗い6時30分発車!?山道を揺られながら1時間半の間爆睡していました。(毎日朝4時半に起きて5時半の朝。往復で睡眠時間を稼いでました。そんなわけで、行き帰りほとんど景色は見れませんでした。我々コーチは深夜12時を回る頃までアスリートの健康状態の把握と、次の日の競技スケジュールの対策等を打ち合わせがあり、睡眠時間多くて4時間。私はヘッドコーチでコーチミーティングの後に日本選手団への報告などがありましたから約3時間。(日により1時間ぐらいの仮眠の日も数日ありました。)でも、枕もとには、勤務しているクラスのお友だちからもらった折り紙がたくさん並んでいたり、出発前にたくさんの保護者の方や同僚や大阪のアスリートから頑張る勇気をもらえたので乗り切ることができました。(ありがとうございました!)
 競技会は、国際ルールに則った形式で行われます。毎日あるヘッドコーチの会議(スキー発祥の本場ヨーロッパのスキー王国からも沢山集まり)も全て英語。競技スタッフはみんな親切な人ばかりで、「ジャパンはとってもいいチームだ(英語)」といつも褒めてもらえました。
 リフトに乗る時、フードサービス、セキュリティの人からもいつもフレンドリーに接していただき、われわれのスキーウェアー(ピンクの桜色)を見ると日本語で「コニイチハ」「オハイヨガザイマス」「アルリガトガザイマス」など使い分けて行ってくれました。(正しい言い方をレクチャーしておきました。)とってもBIGなおまわりさんとっても陽気でフレンドリーでしたよ。  アスリート達は、上級、中級、初級のスーパー大回転、大回転、回転。それとビギナー種目は、ゆるい斜面での4旗門のスラローム、30mぐらいの直滑降、平地での10m歩行にエントリー。ディビジョニングを行い、決勝はそのディビジョン内での早い順に順位が決まり表彰されました。ここがとっても感動する時で、各国みんなファミリーやコーチが喜び涙する光景は見ていてもらい泣きするほどの素敵な空気でいっぱいでした。日本チームのアスリートも金メダルなどたくさんのメダルを授与され、その度日本から応援に来られたファミリーに迎えられ、みんなで喜びを分かち合うことができました。みんな涙々して疲れていたはずの身体の力がすっと抜けて、何とも言えない気持ちでいっぱいでした。もちろん他の国々の人や、地元も観衆からの拍手やハイタッチも沢山あり、そこには国の違いは見られませんでした。
 過ぎてみればあっという間のアイダホ大会。いろいろな事を振り返りながら閉会式を迎えました。ひとつの事をやり遂げた達成感を味わいながらピンバッジ交換などで盛り上がっていました。 日本に戻れば会えなくなる仲間同士別れを惜しみながらそれぞれの地元に帰って行きました。
 日本との時差は−17時間(前の日です)飛行機で11時間。機内では同じ映画を3回見ながら寝て寝て寝て…2回の食事あっても体内時計はなかなか戻りませんでした。。。でもまた機会があればぜったい参加したいです。
 大会期間中だけでなく準備の段階から応援してくださった全ての方々に感謝とお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
  楽しかったです!

          報告:2009SOWWG
          アルペンスキー・ヘッドコーチ 
          三宅 徹

報告会

中河内プログラム紹介

 参加アスリートは総勢49名中、陸上34名(小学生8名含む)フロアホッケー15名です。中河内地区をスタートさせ、早くも1年が過ぎました。
陸上プログラムは、クール毎に内容を変えてアスリートの得意種目を探しました。走・跳・投とそれぞれの内容を続けて取り組むことにより、アスリート自身をすることができました。
 小学生メンバーは、ファミリーと共にリトッミクや短距離走を行っています。リズムやかけ声に合わせて、みんな元気に参加しています。
フロアホッケープログラムは、個人スキルテスト、ゲームを行いました。始めはヘルメットに戸惑うアスリートもいましたが、随分と慣れてきました。最近はボランティア・ファミリーも汗をかいて練習もゲームも楽しく続けています。

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フロアホッケー

陸上

表彰式

2009年2月11日コーチクリニック

 2月11日(水祝)に陸上競技とフロアホッケーのコーチクリニックが行われました。
講師にはSON長野 渡辺 務トレーナーとSON愛知 八塚奈保子トレーナーをお招きして行われました。 参加者数は総勢52名の参加でした。
 午後からはそれぞれの競技に分かれて受講しました。
参加者からの質問に対してトレーナーの丁寧な指導に多くの参加者は楽しかった。と感想を貰いました。
 「先日は、フロアホッケーのコーチクリニックに参加させていただき、ありがとうございました。勉強になりました。帰宅は12時前になり、翌日の勤務は大変でしたが、得るものはその疲れ以上に大きいものでした。さっそく、県内でも報告します。新しい競技にチャレンジさせていただき、SOの持つ、さらなる広がりや可能性を感じました。(鳥取準備委員会 小寺郁夫さんの感想)」  大阪府立たまが高等支援学校では午前の講義と午後の陸上競技の実技。
 大阪府立八尾支援学校では午後フロアホッケーの実技をそれぞれ行い大変お世話になりました。ありがとうございます。

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フロアホッケー

2009年1月10〜12日郡上高原スキー合宿

 2009年恒例スペシャルオリンピックス日本・大阪の冬季合宿が行われました。
 参加したアスリートは55人・ボランティアさん45人の100人宿泊施設は毎年お世話になっています、「郡上高原ホテル」ホテルのスタッフの方々もすっかり顔なじみ。そしてスペシャルのことをご理解いただいています。とても助かりました。
 今回の合宿は1月10日(土)〜12日(祝月)の2泊3日で行われましたが、この間ずっと雪が降っていました。気温も下がり寒かったのですが、アスリートは元気一杯。
 この合宿でのプログラムは
  1、初心者(B班)
  2、初級クラス(C班/C1・C2)
  3、中級クラス(D班/D1・D2)
  4、スノーボードクラス(E班)
  5、スノーシュイング班(A班)
のクラスでトレーニングを行いました。
 いよいよ最終日。プログラムトレーニングは、アスリートの今、持っている力で班編成を行いました。
スペシャルオリンピックスが最も大切にしている「発表会」です。「発表会」は、みんなの前で、コーチの助けを借りず、そして一人でやる勇気をもって発表します。
 雪は止むことなく降り続いています。応援しているアスリートもボランティアさんの頭の上にも雪が積もっています。
 いよいよ「発表会」
 「3・2・1・GO」の合図で、SOの旗が上がり、アスリートは滑りだします。大勢の応援を受けながら、慎重にゴールを目指します。そして一杯の歓声が山にこだましました。
 この合宿ではひとえにボランティアさんの力が支えになりました。また、「郡上高原ホテル」のスタッフの皆様方のご協力を頂き、2泊3日の合宿は、怪我人もなく無事に終えることができました。
 ありがとうございました。

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